
先月購入した「スイッチ・ライフ/著:夕鷺かのう」を読み終わりました!
「男女どっちの方が大変か」といった議論を見かけたことはありませんか?「スイッチ・ライフ」は、性別が逆転するという設定を通して、その問いに向き合わされる作品でした。
今回はネタバレなしで、この小説の魅力と感想を紹介します!
※ネタバレなしで書いていますが、「何も情報がない状態で読みたい」といった方には一部ネタバレだと感じてしまうかもしれませんので、ご注意ください。
あらすじ
興味のない婚活パーティーに半ば強引に参加させられた、保育士の理緒。
そこで会社員の由弦と出会うが、些細な誤解から暴言を吐かれてしまう。
翌日、何故かふたりは「経歴も仕事も家族構成も同じだが自分たちの性別だけが逆転」してしまっていた。
これまでと同じ仕事をしていても、“男である”というだけでクレームが入り、“女である”というだけでセクハラをされる。
今まで味わったことのない不自由さを感じる中で、ふたりは自分の無意識に潜んでいた性別への偏見にも気づき始め……
基本的に、夏見理緒(なつみりお)と冬村由弦(ふるむらゆづる)のそれぞれの視点で話が進んでいくので、二人とも主人公という立場に見えますが、どちらかというと夏見理緒が主人公という印象でした。
全体的な感想
男女それぞれの視点で進む物語かと思いきや、まさかの性別逆転展開にびっくりしました!でも、この性別逆転があったからこそ、男性・女性のままでは実感できない生きづらさが上手く描かれていたと感じました。
自分は男なので、男が直面する理不尽さにはもちろん共感したのですが、同時に『女性の生きにくさを理解したつもりになっていた自分』も認識させられ、女性の生きにくさに対する向き合い方を考えさせられました。
男女平等や多様性など、様々な価値観が広がる令和の時代だからこそ読むべき一冊だと思いました。
印象に残った一節
そうか。――あの人。そんなにも年齢差がある相手が、自然に恋愛対象になっちゃうのか。それどころか真っ先に狙っちゃうのか。
女の価値は、とにかく若さ。
実乃里の言っていた言葉の意味を、今更ながら実感した瞬間。私の胸に満ちたのは、なんとも不気味な、苦々しさともおぞましさともつかない感情だった。
出典:スイッチ・ライフ p.42
半ば強引に参加させられた婚活パーティで、十歳ほど離れた年上男性から真っ先に声をかけられて違和感と気持ち悪さを感じる場面です。場所が場所ではあるものの、「女の価値=若さ」と勝手に決めつけられて当たり前のように値踏みされるのは理不尽だよなと思いました。
また、主人公はこの年上男性から「控えめな女性で素敵」と言われて違和感を覚えます。言葉だけみると悪いところはないですが、それを十歳ほど離れた年上の男性から言われたとなると、その人の支配欲が垣間見えて気持ち悪くなりますよね…。(従わせやすそう、みたいな)
今日れなちゃんのお母様との一件で身につまされた、「逆に、自分が加害者になるかもしれない」という事実に、私は帰路ずっと怯えることになった。あんなに快適に感じていたのに。まるで周りの視線が、常に自分のことを犯罪者予備軍ではないかとジャッジしているかのごとき錯覚に駆られ、終始居心地が悪かった。
出典:スイッチ・ライフ p.92
女性「夏見理緒(なつみりお)」は性別が逆転して男性「夏見理(なつみさとる)」になります。女性だからと見下して高圧的な態度を取られたり、痴漢やぶつかりおじさんに出くわすこともなくなり、最初は快適に感じていました。しかし、男性というだけで勝手に性犯罪者予備軍として警戒される場面に遭遇します。これは性犯罪者が悪いという一言に尽きるのですが、真面目に生きている男性からすると勘弁してほしい理不尽さですよね。
今まで男だった時は普通に自分だけで通っていたような案件でも、ありとあらゆることを一度上司を通して了承を取ることを求められた。「結婚していないの?」「恋人は?」と訊かれる煩わしさは男だった時も同じだ。しかし、女になると、その都度に何やらいちいちジトリと値踏みするような眼差しを向けられる。答えを聞くなり「ふーん、そう……」と意味ありげな視線を送ってくる野郎もいて、ぶつぶつと怖気に粟立った肌は、一日滑らかには戻らなかったほどだ。
出典:スイッチ・ライフ p.137
男性「冬村由弦(ふゆむらゆづる)」も性別が逆転し、女性「冬村ゆずる」になります。そして上記は、男の時とされている質問は同じ内容なはずなのに、「相手の恋人・結婚相手になり得るかどうか」を勝手にジャッジされる気持ち悪さを体験する場面です。なんか、男って勝手に一方的に選ぶ側の立場になる人、一定数いますよね。五百歩くらい譲ったとしても、「値踏みするのは勝手だけど、少なくとも相手にバレないようにする配慮は必要だよ」と言いたくなりました。
あの人に比べて私は幸せだ。あの人は間違っているから、正しい私が否定して思い知らせてやらなくてはならない。今の自分ってものを、ボールに見立てて、わざわざ誰かにぶつけて、跳ね返ってきたものを見て、安心する。自覚的でも無自覚でも、そんなことをしている時点で、幸せでも正しくもない。
出典:スイッチ・ライフ p.282
昨今、主にSNSを見ていると、人の人生を否定することで自分の優位性を保とうとする人が多いなと感じています。誰かと比較して自分の幸せ度を測っている時点で、少なくとも今幸せな状況ではない。きっと多くの現代人に刺さる言葉だと思いました。
この作品が伝えていること
男女それぞれの生きにくさが、家庭や職場、プライベートなど様々な場面で描かれています。読み進める中で、「そういう人、いる!」「同じ目になったことある!」といった共感の声を何度もあげたくなりました。
また、ただ生きにくさが描かれているだけでなく、
- 本当の生きにくさは、当事者になってみないと実感できない
- だからこそ理解しようとする気持ちが大切
ということに改めて気づかされました。
要らぬおせっかいで強制的に婚活パーティに参加させようしてくる友人や、性別で仕事や趣味のとらえ方が変わる母親など、正直少しオーバーな設定かもと感じる部分はありました。しかし、この小説のテーマを訴えるためにはちょうどいい設定だったのかもと読み終えてから感じました。
こんな人におすすめ
この作品は、特にこんな人におすすめです。
- 日々の生活の中で生きにくさを感じている人
- その生きにくさやモヤモヤを言語化してほしい人
- 男女それぞれが直面する理不尽さを理解したい人
- 生き方・人生について考えさせられたい人
おそらく現代の多くの人に刺さる一冊だと思います!
まとめ
現代ではやっと男女平等という言葉が浸透してきたものの、実態はまだまだ平等とは程遠い環境だと感じています。そして「男の方が大変」「女の方が大変」といったように、どっちが大変かを主張し合い対立している場面も多く目にします。
男性も女性もどっちも大変で、その大変さの質は異なる。
そこに理解の目を向けて寄り添おうとしなければ、真の男女平等は訪れないのだろうなと改めて気づかされました。
また、この小説を読む中で、過去に見聞きした言葉を思い出しました。
一つ目は、マツコ・デラックスさんがとあるテレビで話していた
『幸福とは、他者を介在させずに喜びを得ること』
といった言葉です。
二つ目は、昔読んだ本に書いてあった
『人間は、自分が幸せであることを他人に認めさせようと努力すればするほど不幸になる』
という言葉です。
「自分を幸せにできるのは他人ではなくて自分」「他人ではなく、自分が幸せと思うかどうかが大切」ということですね。
読み終わってみると、自分の生き方や大切にするべきことなどに気づかせてくれるような本だと感じました。
皆さまも、この小説の登場人物と一緒に、自分の価値観や生き方を見つけに行きませんか?