
4月を過ぎて、新入社員に関するニュースが増えましたね。
この間、ふと自分の新卒の時(平成後期)を振り返ってみて思い出したことがあります。
それは、当時は教えてもらう側の負担が大きかったということです。これは自分の入った会社だけでなく、全体的にそういった傾向があるのを感じました。
今日はこの仕事の覚え方・教わり方について、昔の悪しき風潮に触れつつ思ったことを書いていきたいと思います。
悪い意味での「まず自分で調べろ」の時代
当時、よく耳にしていた言葉は、「質問する前に自分でよく調べること」です。ニュースやSNSでも流れていました。
一見もっともな言葉に見えますが、実際には、
- マニュアルがない
- 用語の前提知識も共有されていない
- 社内独自ルールも多い
- そもそもの仕事の全体像の説明がない
- にもかかわらず自主的なキャッチアップが要求される
という地獄でした。
なので、本来教える側が負わなければならない負担も、教わる側に押し付けていたと感じています。
マニュアルもないし調べてもわからないから質問したのに、「それってちゃんと調べた?」と言われるのです。今振り返ってみると、「しっかりとした説明もせず、教えるべきことも教えていない側が偉そうに言える台詞ではないでしょ」と思えます。しかし当時は新卒で経験がなく、他の会社で働く人も同じような感じだったので、理不尽を感じつつ耐えていたのを覚えています。
なぜこの風潮が当たり前だったのか
なんでこういう風潮が蔓延っていたのか分析してみたところ、下記が原因として挙げられると思いました。
①「まずは自分で調べましょう」が都合よく使われていた
そもそも、「まず自分で調べましょう」というのは、
- 調べればたどり着ける情報がある
- 参考資料が整備されている
- 質問先が明確
- 新人が迷うポイントが共有されている
という土台があって初めて成立する話です。
ですが、当時は人手不足や忙しさを言い訳に、それを正当化するために「自分でちゃんと調べた?」という言葉が使われていたと思っています。
教えるリソースを確保できていないのに先に採用することが問題なのでは?と言いたくなりますね。
②まだ残っていた根性論
根性論というと昭和のイメージがありますが、平成後期はまだその価値観が根強く残っていたと感じています。
具体的には、
- 苦労して覚えるべき
- 甘やかさず、厳しく教えないと成長しない
- 新人は怒られて当然
という価値観です。自分が入った会社は年配社員が多かったので、根性論を求められる場面が特に多かったです。こういった環境も、教える側の責務放棄を正当化する原因になっていたと感じています。
少しずつ変わり始めた教育環境
近年では少しずつ変わってきており、オンボーディングや1on1の制度が整備されたり、心理的安全性の確保、質問しやすい雰囲気作りも大切にされるようになってきました。
もちろん今でも古い文化の会社はありますが、「教える側にも責任がある」という感覚は、昔よりもかなり共有されるようになったと思います。
一方で、個人的にはマニュアルがない、または不十分の会社はまだまだ多いと思っています。「マニュアルはあるんだけど、最新ではないんだよね」という話もよく聞きます。
マニュアルは整っていなくても仕方がないという風潮がいまだに残っているのは良くないので、教えるために最低限、何を準備すべきなのかを改めて見直す必要があると思います。
大事なのは「教える姿勢」と「学ぶ姿勢」
教える側と教わる側ってどっちが偉いとかではなく、お互いが寄り添う姿勢が大事だと思います。
教える側が「わからないことはそっちから聞いてほしい」と匙を投げるのはダメだし、教わる側が「そっちが全ての不足なくしっかり教えるべき」とあぐらをかくのもダメです。
仕事の前に人対人です。
教える側は「まずはこちらからしっかり丁寧に教えよう」という意識を、教わる側は「わからないことを放置せず、少しずつでも覚えていこう」という意識を持てば、相手を尊重したコミュニケーションにもつながると思いました。